はじめに
先日、レッドジャーニー主催のオンラインワークショップ「【ワークショップ】仕事終わりのスクラムマスター道場 Vol.3 〜実践知を持ち寄り、介入を学び合う場〜」に参加しました。
ファシリテーターはレッドジャーニーの瀬川晋平さん。「スクラムマスター道場」は、"こんな時、あなたならどうする…?" というお題に対して、参加者それぞれの実践知を持ち寄り、チームへの「介入」を学び合うワークショップ形式のイベントです。
じつは瀬川さんは、私が以前スクラムマスターをやっていた頃にアジャイルコーチとして伴走してくださった恩師です。スクラムマスターとは何か、チームにどう向き合うかを一から教わった相手。その方が主催する道場に参加できるとあって、申し込んだ時点から楽しみにしていました。久しぶりに学ぶ側に戻れる、貴重な機会でもありました。
今回の題目は 「ゴール未達が当たり前になったチーム」。
スプリントゴールを立てても達成できない。それが一度や二度ではなく、いつの間にか「まあ、いつものことだよね」と誰も気にしなくなっている——そんなチームに、スクラムマスターとして(あるいはマネージャーとして)どう向き合うか。
私はContractSのFDE(Field Development Engineering)チームでマネージャーをしています。チーム運営に日々向き合う立場として、このテーマはまさに「自分ごと」でした。学びと、自分なりに考えたことを共有します。
「部活の雰囲気」で、正解のない問いに向き合う
このイベントの面白さは、講義形式ではなくワークショップ形式であるところです。
今回参加したのは、恩師に再会できることもあったのですが、ワークショップ形式で自分で考え、そして参加者と一緒に学び、お互いの知見や意見により、自分では気づけなかった発見、学びがあることです。 この経験がスクラムマスターには絶対的に必要で、絶対的に足りていないと感じていました。 私も今でこそマネージャーをやっておりますが、マネージャーとしての動きにも言えることだなと考え、参加しました。
冒頭で示されたグランドルール。これがしっかり最初に擦り合わせられるのはとても良いですね。 目指すのは 「部活の雰囲気」。気楽に過ごしましょう、互いに顔馴染みになっていきましょう、というスタンス。 そして 「正解はない」。ここはスクラムマスターにとっての練習の場であり、互いに学び合う機会にしよう、と。
「正解を教わる場ではない」と最初に宣言されることで、変に身構えず、自分の考えを素直に出せる空気ができていました。介入のような繊細なテーマこそ、この心理的安全性の設計が効いてくるなと感じました。
ワークの流れ:違和感 → 構造の深掘り → 介入 → 現場で試す
進め方は、Miroボードで付箋を貼りながら段階的に深めていく形でした。ざっくりこんな流れです。
- 音声を聞いて「違和感(ここが変)」を書き出す — まず、あるチームの状況が音声で提示され、「どこが引っかかるか」を各自付箋に書き出す。
- 自己紹介&共有 — 名前だけの軽い自己紹介と、書いた違和感をグループで共有。
- 「なぜこの現状が起きているのか」を深掘りする — 出てきた違和感に対して、その背後にある構造をみんなでディスカッション。ここが一番の肝でした。
- 「あなたならどう働きかけるか/何て声をかけるか」を考える — 自分の付箋だけでなく、他の人が書いた付箋も含めて、具体的な介入・声かけを考えて書く。
- 共有 — 考えた介入をグループで共有。
- 今日の気づき/現場で試してみたいことを書く — 持ち帰りを言語化。
- 焚き火トーク — 最後は「ふりかえりについて、でもなんでもよい」とゆるく雑談。
いきなり「どう解決するか」に飛びつかず、「違和感」→「なぜ(構造)」→「どう介入するか」 という順番を踏むのがよくできていると思いました。問題への介入は、原因の構造を理解しないと的外れになりがちです。この順番自体が、現場でそのまま使える型だなと感じました。
お題:あるチームのスプリントレビュー
題材は、音声で流れる「あるチームのスプリントレビュー」の一場面でした。 ざっくり要約すると、こんなやり取りです。
- PO「今回のスプリントゴールは達成できましたか?」
- メンバーA「全部は終わらなかったですね」
- PO「今回のスプリントゴールは何でしたっけ?」/メンバーB「『会員登録機能を完成させる』ですね」
- PO「完成というと、どこまでを想定していましたか?」
- メンバーA「会員登録、ログイン、パスワード再設定、確認メール、それとエラー表示までですね」
- (最終的に完成したのは会員登録とログインのみ。残りは次スプリントへ持ち越し)
- メンバーB「全部終わることって、あまりないですよね」/メンバーA「毎回何かしら次に持ち越してますしね」
- PO「もし次も『会員登録機能を完成させる』だったら、また終わらない可能性はありませんか?」
- メンバーB「でも、スプリントゴールって大きい方がチームの目線は合わせやすいと思うんですよね」
- PO「私は『初めてのユーザーが登録できるようになる』だけでも十分価値があると思っていました」
- スクラムマスター「では、このあたりは次のスプリントプランニングでもう一度話してみましょう」
一見すると「アジャイルだし改善しながら進められて良かったね」で流せそうな、和やかなレビューです。でも、よく聞くと引っかかるところが山ほどある。それを付箋に書き出していきました。
「ここが変」:場に並んだ違和感
グループで違和感を出していくと、こんな言葉が付箋に並びました。
- 「完成の定義が曖昧」 — 「会員登録機能を完成させる」の"完成"が、人によって指す範囲が違う。
- 「なんでしたっけ、ってなっている状態も問題では?」 — チームがスプリントゴールを覚えていない。
- 「POはレビューの場でそれを知ったの?」 — スプリントの途中でPOとチームの対話がない。
- 「毎回持ち越し」を誰も問題視していない — 未達の常態化。
- POの価値仮説とチームの認識のズレ — POは「登録できるだけで価値がある」、チームは「大きいゴールの方が目線が合う」。同じ言葉で全く違うものを見ている。
そして個人的にいちばん刺さったのが、このチームはレトロスペクティブ(継続的な改善活動)を行なっていないことでした。改善のきっかけになりそうなことがいくつか出てきているのに、それを放置してしまっている。 継続的な改善はアジャイル開発にとって大事な要素の1つなのにそれが仕組みとして抜け落ちてしまっている。 それが定常的に続いてしまったら、そりゃそうだよね、と感じました。
「なぜ起きるのか」:構造を深掘りする
次のステップは、この違和感が「なぜ」起きているのかの構造の深掘りです。ここが一番熱い議論になりました。出てきた見立てを整理すると——
- ゴールが「作業リストの合計」になっている:会員登録・ログイン・パスワード再設定・確認メール・エラー表示…と機能を盛りすぎて、「何のために」が消えている。だから未達でも「全部は終わらなかったね」で終わる。
- 完成の定義(受入基準)が握れていない:どこまでやれば完成かの合意がないまま走っている。
- POとチームの距離:「POはチームから遠い存在なのかも」「同席する頻度が少なかった」「判断を求めなかった」。コミュニケーションの頻度と質の問題。
- 成功体験の欠如:「具体的なゴールの方が終わらせやすい、という体験がないから」大きく曖昧なゴールを立て続けてしまう。
- 改善が"先送り"され続ける:未達の議論を「次のプランニングで」と先送りし、ふりかえりのループがそもそも始まっていない。
付箋の中で忘れられないフレーズが2つありました。「詰め込みすぎ成功体験」 と 「余白=悪」。予定を詰め込むことが正義になっていて、余白を持つことが悪だと感じている——この価値観こそが、未達を生み続ける構造の根っこなんじゃないか、と。とても鋭い言語化だと思いました。
未達が続くと、チームは「どうせ今回も終わらない」という前提で動き始めます。これは学習性無力感に近い状態で、放っておくと当事者意識がどんどん削られていく。だからこそ「介入」が必要になる、というのが今回のテーマの背景だと腹落ちしました。
「どう働きかけるか」:介入を考える
構造が見えたら、次は「あなたならどう働きかけるか/何て声をかけるか」。ここが道場の本題です。
面白かったのは、介入案にもかなり幅が出たことです。たとえば 「未達だったものは一度全部捨てて、理想のスプリントゴールの設定からもう一度プランニングをやり直す"実験"をしてみる」 という大胆な案。これには「🔥」「🚀」と反応が集まっていました。一方で 「プランニングで言い直すのか、ふりかえりで扱うのか」 という、介入する"場"の選び方に注目した意見も。同じ問題でも、どこで・どう声をかけるかで打ち手が変わる。まさに実践知の持ち寄りでした。
私が「自分のチームでこれが起きたら」と考えたのは、まず 「未達を責める」のではなく「ゴールの意味を取り戻す」介入です。
「なんで達成できないの?」と問い詰めても何も変わりません。むしろ「そもそもこのゴールで何を届けたかったんだっけ?」を問い直したい。今回の寸劇でいえば、POの「登録できるだけでも十分価値がある」という仮説がチームに共有されていなかった。ここのズレを埋めることが最初の一手だと思います。完成の定義(受入基準)を一緒に握り直すところから始めたい。
次に、ゴールのサイズを"確実に届く"単位に落とす。「詰め込みすぎ成功体験」から抜けるために、あえて小さく区切って「達成できた」感覚を取り戻す。余白を持つことは悪じゃない、と体験として示したいです。
そして、ふりかえりで未達を正面から扱う場を作る。未達を「事実」として淡々と、感情ではなく仕組みの問題として扱う。前回のレポートで書いた「セーフティネットとしての自動テスト」の話ともつながりますが、チームが安心して問題に向き合える土台があるかが効いてきます。
AI駆動開発の時代に、この問いはどう変わるか
もう一つ、自分の文脈で考えたことがあります。
私たちのチームはAIコーディングエージェント「Kiro」を日常的に使っていて、実装のスピードは上がってきています。ただ、スピードが上がったからといって「ゴール達成」が自動的についてくるわけではない。むしろ、速く動けるようになった分、「何を達成したいのか」というゴール設定の質がこれまで以上に問われると感じています。
前回参加したイベントで「開発が速くなるとバックログが枯渇する」という話が刺さったのですが、今回の「ゴール未達が当たり前」というテーマは、その裏側の問題のように思えました。速く作れるのにゴールに届かないとしたら、それは実装能力の問題ではなく、ゴールの立て方・向き合い方の問題です。AIが実装を担うほど、人間が担うべき「ゴールをデザインする力」の重要性が増していく。そう再認識しました。
もう一つ、これはAI時代だからこそ効いてくると思うのが、ふりかえりや意思決定のログを貯めて学習資産にするという発想です。未達が常態化するチームは、たいてい「なぜ届かなかったか」が記録に残らず、毎回ゼロから同じ議論を繰り返しています。逆に、スプリントゴールの立て方・完成の定義・未達の理由といった判断の履歴を残しておけば、チームの学習は積み上がっていく。私たちのチームでも、要件やIssueを言語化してKiroに委任するスタイルを取っていますが、その過程で残る「なぜこう決めたか」の記録は、そのままチームの財産になります。介入の効果を測るうえでも、ログは強力な味方になりそうです。
おわりに
「ゴール未達が当たり前になったチーム」という題目は、耳が痛い人も多いテーマだと思います。私自身、完全に他人事とは言えませんでした。
このワークショップで一番よかったのは、答えを一つに決めるのではなく、いろんな介入の選択肢を持ち寄って引き出しを増やせたことです。チームの状態は千差万別で、効く介入も一つではない。だからこそ、実践知を持ち寄る場に価値がありました。最後は「焚き火トーク」と称して、参加者同士が自分の現場のリアルをポツポツ話す時間もあり、この肩の力が抜けた空気こそが「部活の雰囲気」だなと感じました。
持ち帰った一番の学びは、介入は「解決策」からではなく「違和感」から始めるべきだということです。今回のように「違和感 → なぜ(構造)→ どう働きかけるか」の順番で丁寧に降りていくと、表面的な対処ではなく根っこに手を当てられる。そして何より、改善のきっかけになりそうな小さな引っかかりを放置せず、言葉にして場に出すこと。それ自体が最初の介入なんだと気づきました。まずは自分のチームのふりかえりで、「今のスプリントゴール、何のためだっけ?」を改めて問い直すところから試してみます。
スクラムマスター道場はシリーズで開催されているので、また参加して実践知を増やしていきたいと思います。






